2000年5月開催報告

「ミリ波デバイスとシステム展望」

新日本無線（株）　　山賀　重來

　去る平成12年5月24日(水)、午後1時より5時まで、応用電子物性分科会5月例会が「ミリ波デバイスとシステム展望」と言うテーマで開催され､70名を越える参加者に恵まれ､近年のミリ波デバイス実用への期待の大きさをかいま見る思いでした｡今回の研究会のテーマを選定するきっかけは、将に応用電子物性分科会会誌（第6巻第2号）の巻頭言に寄せていただいた東北大学水野先生のお言葉のように、「ミリ波ミリ波と騒がれながらもいったいいつ実用化されるか?」と言う疑問に端を発したものでした｡我々幹事らも、ミリ波デバイス開発の末端に席を置く者として既にプロセス／デバイス開発はめどがつき、市場が熟するのを待つばかりとの感が強かっただけに、今回の研究会では先ず、1. デバイス／プロセスの開発状況だけでなく、それらを使う側、つまりシステムサイドから見たデバイス開発への期待を含めた講演を是非行っていただこうと考えました｡この意図は、デバイス開発に携わる人間がもっと主体的に市場を作り出していくためには、システムサイドの要求をきちんと理解しなければならないし、これからの企業や一部の大学に於ける研究開発もそのような姿勢をより強く求められるであろうとの期待でもありました｡

　もう一つの意図は、2. ミリ波デバイスの開発段階では、世の中の主流はGaAsやInPのMMIC(Milimeter-wave　Monolithic Integrated Circuit)で在ることはよく知られていますが､歩留まりやコストの点で問題があるのも否定できません｡それに対しこのような問題が比較的少ないデイスクリート、つまりダイオードを用いたモジュールをミリ波レーダシステムへ応用することが検討されています。もしかすると､このような発想の展開がブレークスルーにつながる可能性もあり､ICとダイオードの比較を議論してみたいと言う思いもありました｡

　一方、商業レベルでの実用化は成されていないものの､今回セットメーカー側からは研究発表そのものに多少抵抗があるようにも見受けられました｡これは基礎開発を請け負うデバイスメーカに比べ、最終形態に近い物を生産するセットメーカとしてはコンフィデンシャルのレベルに差があることが歴然で､やはり実用化が目前に迫っているという印象が強く感じられたことも事実でした｡

　そのような背景を元に、先ずシステム側として富士通テン（株）より「ミリ波レーダシステム」と題し、ミリ波レーダの一般的なシステム内容をビデオを交えて非常に分かりやすく紹介していただきました｡そして､デバイスに対する要求も具体的に述べていただきましたが､性能や品質はある程度満足しているものの、コストがという声が強かったことは印象的でした｡

　続いてデバイス側から､先ずデイスクリート応用として「フリップチップガンダイオードのミリ波帯応用」と題して新日本無線⑭研究所の方から発表がありました。既に述べたようにMMICが主流であるこの業界において、フリップチップとAlN基板上のコプレーナ線路を用いた低コスト／ハイパワーのガン発信機は、ミリ波レーダの実用化の一つの回答であるようにも思えます｡彼らは、ガンダイオードだけで無く、ミリ波用のショットキバリアダイオートﾞ、バラクタ、PINダイオードの開発もめどをつけており､これらを組み合わせることにより送受信一体型モジュールの実現を目指しているとのことです｡

　その後、MMIC関連の発表が4件続けて行われました｡先ず、日立中研から「車載レーダ用ミリ波HEMT及びMMIC」と題し、特にHEMTの劣化機構と寿命予測に焦点を絞って講演していただきました｡ミリ波のように周波数が高くなるとどうしてもゲート長が短くなるため、高電界動作に於ける劣化機構を明らかにすることが､高い信頼性を実現する為には必要不可欠との判断から､貴重なデータの報告が幾つか成されました｡次に、富士通カンタムデバイス（株）より、「フリップチップ実装を用いた76GHz自動車レーダ向け安定化チップセットの設計」と題しご講演がありました｡これは､MMICの低コスト化の手段として、ワイヤボンデング実装からフリップチップ実装への切り替えを提案しており、フェイスダウン型の回路に於ける問題点を明らかにしてくれました｡これはチップそのものではなく､PKG形態を最適化する事による低廉化技術であり､コストの高いミリ波用MMICのコストダウンの一つの方向性を示したものと言えそうです｡次は三菱電機（株）情報技術研究所より「ミリ波MMICおよびモジュールの低廉化に向けての技術課題」と題するご講演がありました｡このご講演はズバリ題名の通り、低廉化に向けてデバイス開発、回路開発、実装技術開発の3点から検討を加えたもので、かなり赤裸々に現状分析をしていただきました｡デバイス開発/回路開発は既にトップデータを出すことからいかに安定して生産できるか､そして歩留まりを確保できるかに主眼を置いて行われるべきであり､又実装技術はこれからはプリップチップ実装を含め､高集積化と熱放出を効果的に行うためのアイデアが必要であると主張されました｡最後に、NEC光無線デバイス研究所からは｢Review and Prospects of Metamorphic HEMT｣と題し、ミリ波応用に期待されるInP系HEMTのmetamorphic Bufferについての発表がありました｡

　以上のように、ミリ波応用に関しては、これまでの性能重視の開発から、実用に耐える低廉化技術の開発へと移りつつあることは明らかで､構造としてダイオードであるとかMMICであるとかではなく､開発担当者のスキルがいかにフレキシブルに反応するかにかかっているようにも感じられました｡なお、応用電子物性分科会を以前からご存じの方々からは、こんなシステムサイドまで入り込む研究会は応電の主旨から反しているとのおしかりの言葉も在るやも知れませんが(事実、分科会幹事会の中でも応電の道を外れてしまうとの懸念もありました)、今回研究会に参加していただいた方は、従来の結晶成長技術等のプロセスエンジニアから､デバイスエンジニア､そして､回路エンジニアまで非常に幅広くお集まりいただき､1年に1回ぐらいはこんな集まりもあってもいいのではないかと、幹事らの自己満足も含めて感じる次第でありました｡

「ミリ波デバイスとシステム展望」

新日本無線（株） 山賀 重來

新日本無線（株）　　山賀　重來