去る平成13年1月18日(木)、午前10時から午後5時まで、応用電子物性分科会特別研究会「21世紀の幕開け 量子コンピュータの実現に向けて」 が、東京工業大学100年記念会館フェライト会議室にて開催されました。量子情報処理の研究分野に早くから精力的に取り組んでおられる北海道大学の竹内繁樹先生にゲストオーガナイザを引き受けていただき、分科会幹事としては都立大の須原理彦先生、東工大の山田明先生と私が企画を担当しました。
量子コンピュータについては近年急速に注目を集め、いろいろなシンポジウムや研究会が開かれるようになってきています。この分野は数学や量子力学などの基礎科学から固体物性や光技術などの物理・工学分野の広範な科学技術を必要とするとともに、新しい分野の発展を促すものであると思われます。量子コンピュータの実現に向けては必要なハードウエアの研究の発展が不可欠であり、これらは応用電子物性分科会で取り扱ってきたテーマと密接に結びつくものであると思います。そこで、今回は量子コンピュータの実現に向けたハードウエアをより具体的に考えることを主眼とし、多くの人に量子コンピュータについて理解を深めていただくとともに、すでに取り組んでおられる方々にも実現のためのハードウエアに付いていろいろな観点から眺めていただくことを意図して、さまざまな取り組みを紹介していただくとともに、21世紀の幕開けとして新春の夢を語っていただく機会となるよう企画させていただきました。
今回の研究会のプログラムは以下の通りで、7名の先生方に講演をいただくとともに63名の方に参加いただき、活発な討論が交わされました。
1.量子計算の仕組とデコヒーレンス【細谷暁夫(東工大理)】
2.量子計算の実験:最近の話題と光の量子状態制御【竹内繁樹(北大電子研・科技団さきがけ)】
3.半導体量子ドットの現状 -量子計算デバイスへむけて- 【石橋幸治・青柳克信(理研)】
4.電子スピンを用いた量子情報処理【大島利雄(富士通研)】
5.ジョセフソン接合を用いた電荷量子ビット【中村泰信(NEC基礎研)】
6.超伝導磁束状態を用いた量子ビット【田中弘隆(NTT物性科学基礎研)】
7.核スピン量子コンピュータの多ビット化【北川勝浩(阪大院基礎工)】
最初に細谷先生から量子計算の仕組みと量子計算で実行されるアルゴリズムについてその初歩から詳しくお話いただき、さらに、量子計算の実行上の重要な課題であるデコヒーレンスについて解説していただきました。つづいて竹内先生から、量子計算の実験的な研究についてこれまでの流れを概観していただき、さらに最近の話題の紹介と、特に自身で進めておられる光子を用いた量子計算の実験研究の今後のアプローチについてお話いただきました。これら午前中の2件はゆっくりと時間をとっての講演で、初学者にとっても理解しやすい講演だったと思います。午後からは、量子計算のためのデバイスとしての取り組みとして、まず石橋氏より、量子ドットの量子ビットや量子ゲートへの利用の可能性についてと実際の半導体量子ドットの特性の研究状況について紹介があり、またカーボンナノチューブによる量子ドットについてその有望性の指摘がありました。大島氏は量子情報処理に於けるユニバーサルゲートの発見と量子エラー訂正理論の大きな意義を強調された後、電子スピン量子コンピュータを中心にスピンを用いた量子情報処理について様々な面から紹介されました。中村氏はジョセフソン接合を用いた電荷量子ビットの量子状態制御の実験を紹介され、デコヒーレンスの要因を追及する研究について講演され、デコヒーレンスの機構の解明とその抑制が必要であることを述べられました。田中氏は、超伝導の磁束状態を用いたジョセフソン接合型量子ビットについてその量子状態と量子コヒーレンスの確認実験について紹介されました。この系は巨視的な量子現象でもあり、今後の発展が期待できるとともに基礎的な部分からの議論を深める必要もあることを指摘されました。北川先生は量子計算アルゴリズムレベルの実験に最も早くから使われている溶液NMRを使った核スピン量子コンピュータについて紹介され、さらに量子ビット増やすための課題として核スピンの冷却や量子回路のとしての高分子探索などへの研究の取り組みについても紹介されました。最後に幹事からこの研究会のまとめとして、20世紀初頭に予言された100年後の世界の技術発展と比較して、量子コンピュータの実現は夢の話でなく今世紀中に着実に進展していくものとその未来に楽観的な見方をするとともに、その実現のためのハードウエアの研究は応用物理学会が取り組んでいる様々な分野といずれも深く関係するものであるとコメントし、閉会しました。
量子コンピュータの実現に向けたハードウエアに関して多方面にわたって講演いただいた研究会はこれまでなかったのではないかと思います。講師の方々にはお忙しい中、多くの時間と労力をさいて研究会資料として予稿を執筆いただきました。いずれも非常に詳しくまた多くの文献リストをつけていただき、この分野の研究をより詳しく知りたい方にとって貴重な資料になるのではないかと思います。また参加者の中からは、非常にいい研究会で感激したとの声もいただきました。ご協力いただきました講師の方々と、熱心に聴講・討論をいただいた参加者の皆様に紙面を借りてお礼申し上げます。