基礎講座:界面物理と摩擦の科学 ~ナノトライボロジー入門~
第48回 薄膜・表面物理 基礎講座(2019)
※参加申込期間・参加費振込期限を延長いたしました。
詳細PDF:第48回 薄膜・表面物理 基礎講座 ポスター
参加登録:登録フォームにて参加登録してください。
概要
協賛
東京理科大学マテリアルズインフォマティクス懇談会、日本表面真空学会、日本機械学会、日本物理学会、日本化学会、日本金属学会、日本トライボロジー学会、フラーレン・ナノチューブ・グラフェン学会、高分子学会、精密工学会、表面技術協会、日本学術振興会第131委員会、日本放射光学会、電気化学会、日本材料学会
概要
人類の活動において摩擦による損失は無視できないほど大きく、省エネルギー社会実現に向けて摩擦の理解と制御技術の革新は今後ますます重要になってくると考えられます。従来現象論の範疇で取り扱われてきた摩擦現象は、近年の評価技術の進歩に伴い様々な表面科学的な研究手法が取り入れられるようになり、原子・分子レベルでその機構解明が進んでいます。摩擦あるいはトライボロジーはミクロからマクロまでマルチスケールな現象であり、その研究分野は、本質的に機械工学や材料科学(化学)、そして表面・界面物理との境界領域に存在していることから、今後ますます学際性が求められます。
基礎講座では、異分野の研究者にトライボロジー研究の課題と魅力をお伝えすることを目的として、その基礎から応用例まで網羅しています。これからナノトライボロジーに取り組もうという方に、理解しやすく役立つ講座となっていますので、多くの皆様のご参加をお待ちしております。
日時
2019年11月15日(金) 10:00-16:40 (9:30 受付開始)
場所
東京理科大学 13号館(森戸記念館) 第2フォーラム
(新宿区神楽坂 4-2-2 ℡03-5225-1033 )
https://www.tus.ac.jp/info/access/pdf/mapkagu.pdf(アクセスマップ)
(最寄り駅:JR「飯田橋」 / 東京メトロ「飯田橋」 / 都営大江戸線「牛込神楽坂」)
プログラム
時間 | 講演テーマ | 講師(敬称略) |
---|---|---|
10:00-10:05 | オープニング | |
10:05-11:00 | 摩擦の科学~原子・分子から地震まで~ | 松川 宏(青山学院大学) |
11:00-11:50 | トライボロジープロセスのマルチフィジックス・マルチスケール計算科学シミュレーション | 久保 百司(東北大学) |
11:50-13:00 | 休憩 | |
13:00-13:50 | 潤滑油添加剤による反応被膜の形成メカニズム | 大沼田 靖之(JXTGエネルギー株式会社) |
13:50-14:40 | 摩擦界面その場観察技術の開発 | 三宅 晃司(産総研) |
14:40-15:00 | 休憩 | |
15:00-15:50 | ナノインデンテーション法による機械特性評価の基礎 | 大川 登志郎(シエンタオミクロン株式会社) |
15:50-16:40 | DLCコーティングを用いたエンジン摺動部品の摩擦低減技術 | 加納 眞(KANO CONSULTING OFFICE) |
参加費
テキスト代、消費税10%を含む.
薄膜・表面物理分科会会員 * | 応用物理学会会員 ** ・協賛学協会会員 |
学生 | その他 |
---|---|---|---|
10,000円 | 15,000円 | 3,000円 | 25,000円 |
*薄膜・表面物理分科会賛助会社の方は分科会会員扱いと致します。
**応用物理学会賛助会社の方は、応用物理学会会員扱いと致します。
現在非会員の方でも、参加登録時に薄膜・表面物理分科会(年会費 正会員:2,200円(学生・院生:500円), 準会員:3,000円(学生・院生:500円))にご入会いただければ、本セミナーより会員扱いとさせていただきます。
http://www.jsap.or.jp/ より入会登録を行い、会費支払及び仮会員番号を取得後、本セミナーにお申込み下さい。
(年会費を基礎講座参加費と同時にお振込なさらないで下さい。)
定員
100名
(満員になり次第締め切ります。)
参加申込期間
2019年9月3日(火)〜10月25日(金) → 2019年9月3日(火)〜11月8日(金)
参加申込方法
登録フォームにて参加登録してください。参加登録完了後、下記銀行口座に参加費をご連絡いただいた期日までにお振込ください。原則として参加費の払い戻し、請求書の発行は致しません。領収書は当日会場にてお渡しいたします。
参加費振込期限
2019年11月8日(金) → 2019年11月15日(金)
参加費振込先
三井住友銀行 本店営業部(本店でも可)
普通預金 口座番号: 9474715
(社) 応用物理学会薄膜・表面物理分科会
(シャ) オウヨウブツリガッカイハクマク・ヒョウメンブツリブンカカイ
企画に関する問合せ先
筑波大学 柳原英人
E-Mail: yanagiha@bk.tsukuba.ac.jp
大阪大学 中村芳明
E-Mail: nakamura@ee.es.osaka-u.ac.jp
参加登録に関する問合せ先
応用物理学会事務局分科会担当 五十嵐 周
TEL: 03-3828-7723 FAX: 03-3823-1810
E-Mail: igarashi@jsap.or.jp
講演詳細
講演題目
講演題目 摩擦の科学 ~原子・分子から地震まで~
講師
松川 宏(青山学院大)
摩擦は我々に最も身近な物理現象の一つである。我々の周りでは常に摩擦が働いているため、摩擦が無い世界というものは想像しにくい。事実、アリストテレスは、物体は力が働き続けなければ静止してしまう、と考えていた。摩擦の振る舞いも古代から調べられてきた。しかし、それが我々が今日、知るような形でまとめられたのはダヴィンチの研究を経て産業革命の時代のアモントンやクーロンによってである。これが高校の物理の教科書にも登場する摩擦の法則、あるいはアモントンークーロンの法則と呼ばれるものである。この時代、摩擦の法則はあくまで現象論であり、その微視的機構が明らかになるのは固体の原子論が確立した20世紀も半ばになる。
その後、真空技術や摩擦力顕微鏡、表面力測定装置などの新たな実験技術の進歩により、摩擦研究は新たな時代を迎えた。そこでは、十分に制御された原子的なスケールで清浄な表面間の摩擦が測定可能になり、狭い領域に閉じ込められた”液体”潤滑剤の特異な振る舞いや、実験精度の範囲内で摩擦力が消えてしまう”超潤滑”と呼ばれる現象が見つかり、現在まで引き続き精力的な研究が行われている。そのようなミクロなスケールの摩擦現象からマクロスケールの摩擦を説明しようという研究も盛んに行われている。地球上で最も大きなスケールの摩擦現象は地震である。地震においては岩石間の摩擦やガウジと呼ばれる断層間の岩屑の摩擦が問題となり、その分野においてはやはり活発に調べられ近年の進歩は著しい。しかし、ミクロとマクロの摩擦を繋ぐ研究は未だ、十分な成功を収めているとはいえない。一方、省エネ、環境問題、ナノテクノロジーの進展によりあらたな摩擦の問題も次々と現れ、解決されることを待っている。
本講演では、ナノスケールからマクロスケールに至る摩擦現象とその背後にある物理を、多様な応用も含めて紹介したい。
[参考文献] 松川宏 摩擦の物理 岩波書店
講演題目
トライボロジープロセスのマルチフィジックス・マルチスケール計算科学シミュレーション
講師
久保 百司(東北大学)
トライボロジーにおける計算科学シミュレーションは、有限要素法や流体力学などのマクロな計算手法に加えて、最近では分子動力学法や量子分子動力学法などを活用した原子・分子スケールでの解析が広く行われるようになってきた。特に最近では、摩擦界面における摺動材料や潤滑剤の挙動などに加え、「化学反応と摩擦」が複雑に絡み合ったマルチフィジックス現象であるトライボケミカル反応の解明に対する期待が高まっている。トライボケミカル反応の解明を可能とすることで、添加剤からの潤滑膜の形成過程やその機能の解明、さらには添加剤の理論的設計が可能になるものと期待されている。そこで本講演では、講演者らが開発してきた化学反応を考慮可能なTight-Binding量子分子動力学法に基づくトライボケミカル反応シミュレータの応用、さらにはトライボケミカル反応の理解に基づき低摩擦材料や低摩擦プロセスを設計した研究例を紹介する。さらに、近年の分子動力学法における力場の発展により、量子論に基づかない分子動力学法によっても,化学反応を扱うことが可能になりつつあり、化学反応を考慮した大規模な計算科学シミュレーションが実現できるようになってきた。そこで講演者らは、化学反応を考慮可能な分子動力学法に基づき大規模系で摩擦シミュレーションが可能なトライボ化学反応シミュレータを開発した。特に、大規模計算が実現できたことで、「摩擦現象」のみならず、「化学反応を伴う摩耗現象」の計算科学シミュレーションが可能になったことが大きなブレイクスルーを生んだ。さらに本講演では、1億原子系といった超大規模シミュレーションにより、トライボロジーの計算科学が、今後どのように発展し、実験研究に対してどのような大きなインパクトを与えることができるのかについても展望する。
講演題目
潤滑油添加剤による反応被膜の形成メカニズム
講師
大沼田 靖之(JXTGエネルギー株式会社)
潤滑油には用途に応じて様々な添加剤が配合されており、油中で効果を発揮するもの、摺動表面で作用するものに大別することができる。前者としては粘度調整剤や酸化防止剤が例として挙げられ、潤滑油のレオロジー特性や熱・酸化安定性の向上を目的として添加されている。一方、後者には摩耗防止剤や摩擦調整剤などが該当し、摺動する部材の表面に吸着・反応して被膜を形成することにより、摩耗・焼付きの抑制や摩擦低減といった作用を示す。この摺動条件下における被膜形成プロセスはトライボケミカル反応と呼ばれており、高面圧かつ摩擦熱による温度上昇が生じることに加え、部材表面の摩耗により触媒作用を示す金属新生面や摩耗粉が介在することが特徴である。これらの要因により、トライボケミカル反応による添加剤被膜形成プロセスは、一般的な熱分解反応とは異なる傾向を有することが知られており、詳細なメカニズムの解明のために様々な研究が進められている。
本講義では、①ZnDTP(ジチオリン酸亜鉛)、②無灰摩擦調整剤、③リン系摩耗防止剤を例として、添加剤被膜の形成機構について紹介する。①ZnDTPは優れた酸化防止性、摩耗防止性を有することから、エンジン油をはじめとした幅広い潤滑油で使用される添加剤である。その反応機構をはじめ、生成した被膜の化学的組成や機械物性、摩擦特性など、非常に多くの報告がされている。また、他の添加剤と相互作用を生じることも知られており、無灰分散剤やMoDTCとの共存下では異なる特性の反応被膜が形成される。②無灰摩擦調整剤は部材表面に吸着することで摩擦低減作用を示す添加剤である。摺動環境においては、部材表面と強い相互作用を示して強固な吸着被膜を形成すること、他添加剤による反応被膜形成にも影響を及ぼすことが判明している。③リン系摩耗防止剤はカルシウム系清浄剤とのトライボケミカル反応によりリン酸カルシウム被膜を形成するが、ホウ素系添加剤の共存下では反応被膜が特異な形状となることが報告されている。この挙動は実験的に合成されたリン酸カルシウム粉末の焼成物の形状がホウ素の有無により変化することと類似している。
講演題目
摩擦界面その場観察技術の開発
講師
三宅 晃司(産総研)
トライボロジーは、相対運動をしながら互いに影響を及ぼし合う2つの表面の間で起こる現象を対象とする科学と技術であり、摩擦や摩耗、潤滑など物体が動くときに起こる現象を解明しようという領域である。トライボロジーの発展には、表面や界面で起こる現象をきちんと理解するという基礎(学理)的な側面と、省エネルギー、低環境負荷への寄与など実用(工学)的な側面の両面からのアプローチが重要である。その中で、ナノトライボロジーは、真実接触部で起こる現象を微視的にとらえ、そこでの摩擦特性を実験的に解析し、理解することで、巨視的な規模のトライボロジー的な振る舞いをナノレベルでの現象の統計的な結合として理解するものであり、先に述べた基礎(学理)的な側面と実用(工学)的な側面の両面に寄与し得る。そこで重要となるのが、摺動中の表面、界面の変化をその場観察し、表面、界面のダイナミクスを理解することである。その意味で、近年の表面制御技術の進展と測定技術の進歩により、ナノスケールの摩擦研究は新たな展開を迎えているといえる。
これまでのトライボロジー研究における表面分析は摺動試験後に行われる場合が多く、摺動の結果得られた表面状態から摺動中のダイナミクスを推測することがほとんどであった。それでも多くの有益な情報が得られるが、トライボロジー現象の解明に真に必要なのは、摺動中の表面、特に真実接触面がどのような状態であるのかということと、結果として得られる摩擦、摩耗特性がどのように結びついているのかを理解することである。したがって、トライボロジー現象を詳細に理解するためには、摺動状態における界面のその場観察技術が必要となる。
本講演では、近年の摩擦界面のその場観察技術の進展について先行研究や講演者のこれまでの研究事例を元に解説する。
講演題目
ナノインデンテーション法による機械特性評価の基礎
講師
大川 登志郎(シエンタオミクロン株式会社)
製品の不具合の原因や耐久性の評価を行う際に「機械特性」は重要な要素である。中でも、機械特性を評価する「硬い」「柔らかい」という単語は、我々が物を想像する際に直感的でわかりやすい言葉である。これを数字で表すことが出来る“硬さ”の値は、具体的な強度の議論を行う際に重要な指標となる。そのため、工業界では製品の機械特性を評価する手法として硬さが広く用いられている。JIS規格にもなっているビッカース硬さやヌープ硬さに代表される準静的押し込み試験方式は、硬さ(H)測定としてダイヤモンド製の圧子を使用して特定の荷重(P)で試料に押し込み、ついた圧痕の大きさ(A)を光学顕微鏡で観察してH=P/Aで算出される。しかし、ナノメートルからマイクロメートルで制御されている局所の硬さを評価したい場合は、圧痕の大きさも十分に小さくなるため、光学顕微鏡での観察は難しい。そこで、1992年にW.C. OliverとG.M. Pharr[1][2]は光学顕微鏡を用いずに,あらかじめ圧子の押し込み深さを圧痕の面積に換算する面積関数(Ac)を求めておき,荷重とその時の押し込み深さを同時計測し,硬さと弾性率を算出するDepth Sensing Indentation法を提案した。この方法は2002年にISO14577で規格化され、ナノインデンテーション法として現在広く用いられている。
本提案で導かれたナノインデンテーション硬さ(HIT)と、圧子と試料の系全体の弾性率を表す複合弾性率(Er)は次式で表される。
HIT = Pmax /Ac(hc) , Er = S√π/2√Ac(hc)
Pmax は最大押し込み荷重、Ac(hc)は圧子と試料が接触している深さ(hc)での圧子の投影面積、SはS≡ dP/dh|hmaxで定義される最大押し込み時(hmax)の剛性である。
今回の基礎講座では、Oliverらが提案した上記式の導出を行い、原理について理解を深めていただく。また、本手法を用いた事例や注意点に関しても講義にて紹介する。
[参考文献]
[1] W. C. OLIVER & G. M. PHARR:An Improved Technique for Determining Hardness and Elastic Modulus Using Load and Displacement Sensing Indentation Experiments, J. Mater. Res., 7, 6 (1992) 1564.
[2] 大川登志郎:ナノインデンテーション法に関する基礎知識, トライボロジスト, 61, 6, (2016) 381.
講演題目
DLCコーティングを用いたエンジン摺動部品の摩擦低減技術
講師
加納 眞(KANO CONSULTING OFFICE)
DLCコーティングは、黒鉛とダイヤモンドの優れた特性を併せ持つ硬質炭素系薄膜として、腕時計等の日常製品から自動車エンジン摺動部品まで、広く汎用されている。特に、エンジン摺動部品への適用においては、水素を実質的に含まないta-Cコーティングが、エンジン油潤滑下で顕著な摩擦低減効果を発揮するために、バルブリフタやピストンリングへの適用事例が急速に拡大している。このta-Cコーティングの低摩擦特性は、環境にやさしい植物油等でさらに大きな効果が得られる研究や開発事例が欧州を中心に報告されている。また、ドイツの研究機関からEHL潤滑下でのDLCによる顕著な摩擦低減効果についての最新の研究が報告されている。筆者らは、植物油に含まれている脂肪酸の一種であるオレイン酸を潤滑に用いて、ta-C同士の混合~EHL条件下の摩擦で、摩擦係数が0.01以下となる超低摩擦特性が発現することを見出している。これらの流体潤滑下で観察された顕著な低摩擦現象は、従来の潤滑油の剪断力に基づき計算される摩擦力の解釈からだけでは説明できない興味深い優れた特性である。一方、最近市販されている燃費に優れたHEV車では、エンジンで発電機を回し、得られた電力でモータを駆動させるシステムが採用され始めている。このエンジンの主な稼働回転数は2500 rpmであり、境界潤滑になりやすい低回転のアイドリングや負荷が大きい高回転域は使われていない。この稼働域のエンジン摺動部品の多くは、上記のEHL潤滑下での摺動となる。また、エンジン負荷や油温の上昇も小さいために、エンジン油の劣化耐久性の要求も小さくなることが推定される。従って、上記の環境にやさしい潤滑油とDLCを組み合わせた超低摩擦特性を、将来のパワートレーン摺動部品に適用することにより、環境にやさしい材料だけを用いた究極の省エネルギー技術が早急に実用化されることが期待される。
更新:2019/10/24