セミナー:構造物性解明へ向けたミクロ~マクロ計測の最前線
第42回 薄膜・表面物理セミナー (2014)
概要
主旨
X線,電子,中性子は物質の微視的構造やマクロ状態の評価には欠かせないプローブです.近年,これらをベースとする計測法は飛躍的な進展を遂げ,大型放射光施設(SPring-8),収差補正型電子顕微鏡や大型中性子施設(J-PARC)などに代表されるように,従来とは桁違いの精度・分解能での物質解析が可能となりました.
本セミナーでは,これらあらゆる最先端の計測技術を駆使して,最近注目を浴びている超高強度マグネシウム合金の構造・物性を,ミクロ~マクロに渡って系統的・包括的に評価する試みについて紹介します.この超高強度マグネシウム合金は,従来のマグネシウムと全く異なる特異な結晶構造(シンクロ型LPSO)を有しており.新学術領域研究「シンクロ型LPSO構造の材料科学」にて現在精力的に研究が進められています.そこではX線,電子,中性子にとどまらず,3次元アトムプローブ法なども併用されるとともに,やはり近年進展の著しい第一原理計算が効果的に取り入れられるなど,同一の試料に対して極めて多角的に最先端計測・評価法が適用されています.
それぞれの計測法の第一線の研究者を講師として招聘し,原子レベル~マクロ領域の評価技術を相互に対比しながら,各々の手法の利点,適用限界等を忌憚なく議論していただけるようなセミナーになればと考えています.多くの方々のご参加をお待ちしております.
日時
2014年7月25日(金) 10:00-17:30 (受付開始 9:30)
場所
東京大学本郷キャンパス 山上会館
東京都文京区本郷7-3-1
TEL: 03-3812-2111
地下鉄丸の内線・本郷三丁目駅下車 徒歩12分
アクセスマップ: http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_00_02_j.html
プログラム(題目をクリックすると要旨がご覧になれます)
時間 | 講演題目 | 講師 |
---|---|---|
10:00-10:30 | シンクロ型LPSO構造の材料科学 – 先端計測に期待すること – |
河村 能人(熊本大学) |
10:30-11:15 | 最先端電子顕微鏡法 – 原子直接観察によるLPSO構造解析 – |
阿部 英司(東京大学) |
11:15-12:00 | 3DAPと陽電子消滅 – LPSO構造の局所組成・空隙分析 – |
井上 耕治(東北大金研) |
12:00-13:30 | 昼休憩 | |
13:30-14:15 | 放射光による精密構造解析 – LPSO微小結晶からの回折データ – |
木村 滋(JASRI) |
14:15-15:00 | 放射光小中角散乱法 – LPSO構造の中~長距離ゆらぎ – |
奥田 浩司(京都大学) |
15:00-15:15 | 休憩 | |
15:15-16:00 | 第一原理計算による構造予測 – LPSO相の安定性と規則度 – |
君塚 肇(大阪大学) |
16:00-16:45 | 最先端中性子回折法 – LPSO結晶変形その場観察 – |
相澤 一也(JAEA) |
16:45-17:30 | 総合討論 | 講師全員 |
参加費
薄膜・表面物理分科会会員 * | 応用物理学会会員 ** 協賛学協会会員 |
学生 *** | その他 |
---|---|---|---|
10,000円 | 15,000円 | 3,000円 | 20,000円 |
* 薄膜・表面物理分科会賛助会社の方は分科会会員扱いと致します.
** 応用物理学会賛助会社の方は,応用物理学会会員扱いと致します.
*** 学生の場合は,会員・非会員の別を問いません.
現在非会員の方でも,参加登録時に薄膜・表面物理分科会(年会費A会員:3,000円,B会員:2,200円)にご入会いただければ,本セミナーより会員扱いとさせていただきます.
http://www.jsap.or.jp/join/kojin.html より入会登録を行い,仮会員番号を取得後,本セミナーにお申込み下さい.入会決定後,年会費請求書をお送りいたします.
(年会費をセミナー参加費と同時にお振込なさらないで下さい.)
定員
100名 (定員になり次第締め切ります.)
参加申込期間
2014年4月1日(火)~7月11日(金)
参加申込方法
薄膜・表面物理分科会ホームページ内にある第42回薄膜・表面物理セミナーの登録フォームから参加登録をお願い致します.https://annex.jsap.or.jp/limesurvey/index.php/591239/lang-ja
参加登録完了後,ご連絡いただいた期日までに,下記銀行口座に参加費をお振込みください.
原則として参加費の払い戻し,請求書の発行は致しません.
領収書は当日会場にてお渡しいたします.
参加費振込期間
2014年4月1日(火)~7月18日(金)
参加費振込先
三井住友銀行 本店営業部(本店も可)
普通預金 口座番号: 9474715
(社) 応用物理学会 薄膜・表面物理分科会
(シャ) オウヨウブツリガッカイハクマク・ヒョウメンブツリブンカカイ
セミナー内容問合せ先
NTT 住友 弘二
TEL: 046-240-3457
FAX: 046-270-2364
E-mail:sumitomo.koji@lab.ntt.co.jp
コベルコ科研 笹川 薫
TEL: 078-992-6043
FAX: 078-990-3062
E-mail:sasakawa.kaoru@kki.kobelco.com
参加登録問合せ先
応用物理学会事務局分科会担当 小田康代
TEL: 03-5802-0863
FAX: 03-5802-6250
E-mail:oda@jsap.or.jp
講演詳細
講演題目
シンクロ型LPSO構造の材料科学
-先端計測に期待すること-
講師
河村能人
熊本大学 先進マグネシウム国際研究センター
常識を覆すような機械的強度を示すマグネシウム合金が我が国で開発され,マグネシウム新時代が到来するものと期待されている。この合金の強化相は、濃度変調と構造変調が同期した新奇な長周期積層型規則構造(シンクロ型LPSO構造)を有しており、LPSO型マグネシウム合金と呼ばれている。
シンクロ型LPSO構造は、その独特の原子配列ゆえに強度をはじめとする多くの新たな物性の発現が期待されているが、その形成メカニズムや力学特性・強化原理といった根本的なことが未解明のままである。そこで、シンクロ型LPSO構造が有する①ユニークな構造、②形成メカニズム、③常識を覆す力学特性と新しい材料強化原理(キンクバンド強化)を、最先端の研究手法や世界トップクラスの大型量子線施設を駆使してオールジャパンの体制で世界に先駆けて明らかにすることを目的に、科学研究補助事業の新学術領域研究「シンクロ型LPSO構造の材料科学 -次世代軽量構造材料への革新的展開-」をH23年度から実施している。物理・化学・材料・機械を専門とするナノ計測分野、理論計算分野、材料プロセス分野等の57名の研究者が全国の23研究機関から結集しており、最先端の実験手法と計算科学を用いた組織的な異分野融合研究を推進している。
シンクロ型LPSO構造の本質に迫るためには、最新鋭のTEM等を駆使した原子レベル構造解析による基本構造情報を出発点として、J-PARCやSPring-8等の大型量子線施設装置群を用いた世界最高精度での結晶・組織解析により精密構造情報を決定し、それらを基にした理論計算による構造予測を行うという研究サイクルが重要である。特に、大型量子線施設を利用した「その場実験」をコアにした連携研究が重要である。これらの最先端計測技術を用いたシンクロ型LPSO構造の本質的解明は、産業につながる工学分野の発展をもたらすのみならず、周辺の基礎学問分野にも大きな影響を与え、多岐かつ長期にわたって我が国の科学技術や学術水準の向上・強化に資するものである。
講演題目
最先端電子顕微鏡法
– 原子直接観察によるLPSO 構造解析 –
講師
阿部 英司
東京大学工学系研究科
LPSO相は、MgにTM (Al及び一部の遷移金属元素)及びRE(Y及び一部の希土類元素)を添加したMg-TM-RE合金において形成される多元化合物である。その構造は、原子最密面の積層多型(e.g., SiC系の多型構造群)を基本とするため、結晶成長の際に多型のintergrowthや、低対称結晶系における双晶・バリアント等が生成し易く、良質な単相試料・単結晶を得ることが困難である。それゆえ、X線回折法・中性子回折法による精密解析が直ちに行えない状況にある。
近年、電子顕微鏡性能を決定する磁場レンズの収差補正技術の開発による点分解能の向上(<~50pm)が実現されるとともに、装置安定性も飛躍的に改善されたため、顕微鏡像の情報量は従来を遙かに凌ぐものとなった。本講演では、LPSO結晶の構造を、原子識別能力に優れた走査型透過電子顕微鏡(STEM)直接観察により決定した例を紹介する。最先端STEM法では、実験像の統計処理により原子位置がおよそ10pm以下の精度で決定できるまでに至り、いわゆるX線精密解析と遜色ないレベルにまで達しつつある。我々はさらに、第一原理計算を併用した構造最適化を行うことで、局所的な緩和挙動に伴う格子間サイトの生成という興味深い現象を見いだした。この事実によって、LPSO相の熱力学的安定性に関する理解が格段に深まるに至っており、構造−特性の関連性を直接示す好例となっている。
講演題目
3DAPと陽電子消滅
– LPSO構造の局所組成・空隙分析 –
講師
井上耕治
東北大金研
軽量で高強度と高延性が両立したMg-TM-RE系合金(TM:遷移金属元素、RE:希土類金属元素)における濃度変調と構造変調が同期した長周期積層秩序(シンクロ型LPSO)構造は、これまで高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(HAADF-STEM)を中心とした電子顕微鏡法によって、その詳細が明らかにされつつある。しかしながら、HAADF-STEMでは、試料深さ方向の情報や複数種の元素情報に関しては限界があり、計算シミュレーションとの比較によって議論する必要がある。
3次元アトムプローブ(3DAP)は、位置分解能は電子顕微鏡に劣るが、原子スケールに近い位置分解能で本質的に3次元の位置情報を持った元素分布を得ることができる。3DAP法により、シンクロ型LPSO構造における濃度変調情報、特に濃化層の組成などの情報が得られる。また陽電子消滅法は、陽電子が正電荷を持つために材料中では正電荷(正イオン)から遠ざかる性質があり、電子顕微鏡法では観察困難な原子サイズの空隙を敏感に検出できる。Mg-Zn-Y系のLPSO構造では格子緩和歪みによってZnとYの濃化層に単空孔サイズ程度の空隙が存在することが予想されており、陽電子消滅法からその空隙に関する情報が得られることが期待される。本講演では、すでにSTEMによる研究が進んでいるMg-Zn-Y系に対して、3DAPと陽電子消滅法を用いてLPSO構造の観察を行い、LPSO構造の濃化層におけるZnとY濃度や、時効によって18R型から14H型に構造転移する時のZnとYの濃度変調の様子、濃化層における空隙分析などについて報告する。
講演題目
放射光による精密構造解析
- LPSO微小結晶からの回折データ -
講師
木村 滋
公益財団法人高輝度光科学研究センター
X線や中性子回折による構造解析は信頼性が高い結晶構造決定手法として広く認識されている.しかし,X線や中性子による構造解析は,良質な単結晶や粉末結晶を必要とするため,母結晶中の析出物等の構造を決定することはほとんど不可能であった.そのため,このような物質の構造研究は透過電子顕微鏡(TEM)観察によって行われることが多い.最近のTEM技術は急激に進歩しており,かなり詳細な構造まで議論できるようになってきているが,依然として詳細な原子配列や個々の原子サイトを占める元素比率を精密に決定するのは困難である.
一方,シンクロトロン放射光の高輝度・低エミッタンスという特色を活かせば,ミクロン程度の析出相単相を用いて単結晶構造解析が可能となり,これらの問題が解消される.我々は,高輝度放射光を集光したマイクロビームを利用することにより,サブミクロンサイズの粉末試料一粒を単結晶試料として用いて回折データを計測し,構造解析に成功している[1,2].
本セミナーでは,放射光集光マイクロビームを利用した極微小単結晶回折計の概要とその性能を紹介するとともに,本装置により,Mg-Al-Gd合金中のミクロンオーダーのシンクロ型長周期積層型規則構造(Synchronized Long- Period Stacking Ordered Structure; LPSO)相の構造解析を実施した結果について解説する.
参考文献
[1] N. Yasuda et al., J. Synchrotron Rad. 16, 352 (2009).
[2] N. Yasuda et al., AIP Conf. Proc. 1234, 147 (2010).
講演題目
放射光小中角散乱法によるLPSO構造の評価
– LPSO構造の中〜長距離ゆらぎ –
講師
奥田浩司
京都大学工学研究科
シンクロ型LPSO構造を長時間熱処理した安定構造の定量評価については電子顕微鏡法やX線回折法によって精密な構造解析が着々と進められている。 一方で熱処理や加工熱処理といった実際のプロセスによって形成される組織においてLPSO構造がどのような過程で発達するのかという観点では未解明な部分が多い。 小角散乱法は合金中での析出やスピノーダル分解といったナノスケールでの不均一構造を評価するのに適した手法であり、放射光や中性子を利用する利点として加熱あるいは加工中のナノ組織の変化を実時間でその場解析することができることが挙げられる。 本報告では組織としてのMg合金の中の相転移過程という観点で小中角散乱法を利用してどのような情報が得られるのかについて解説する。
小角散乱は相分離あるいは規則化を伴う析出などによってナノ組織が形成される過程を調べる手法である。 測定では組成の異なるドメインの形状や量を評価する。 一方中角領域としては、例えば規則反射を小角散乱と同一角度分解能で測定することにより、規則化している領域、多くの場合、規則相析出物の形状やサイズ、規則度など、複雑な例では組成の変化なしに形成される中距離規則構造などの情報を得ることができる。
一方、MgYZn合金のように長周期の元素偏析と積層欠陥が同期した構造(LPSO)を形成する合金では、元素偏析自体が析出物類似の散乱体であると同時に、その周期配列は中角領域の回折を与える。さらによく発達したLPSO組織の顕微鏡観察から、偏析層の実態は2次元超構造を形成するL12クラスタの配置であることが明らかになった。 この超構造に対応して中角領域に回折スポットが形成される。 Mg基のLPSO合金、典型的にはMgYZn合金の小角・中角領域の放射光による散乱測定により、このような階層的な規則構造が形成あるいは破壊される過程をその場測定することが可能である。本講演では平衡状態としては18R単相組成であるMg86Y9Zn6組成の事例を中心に、Spring8、PFでの放射光その場小中角散乱法によって得られるシンクロ型LPSO構造の安定性や階層的な構造形成の過程についての知見を解説する。
講演題目
第一原理計算による構造予測
– LPSO相の安定性と規則度 –
講師
君塚 肇
大阪大学大学院基礎工学研究科
第一原理計算は,原子間結合や電子状態に直接起因する各種物性を非経験的に導出することが可能であることから,本セミナーの主題である長周期積層(LPSO)構造相のみならず,多元系結晶一般の微視的構造物性を評価する上で欠かせない手法として注目されている.これには,近年の計測技術の高度化と実験観察の精緻化に伴い,材料全体の平均的な挙動から原子レベルでの素過程に着眼点が移り,その機構解明のための道具として第一原理計算に期待が集まっている側面がある.一方,系のサイズに対する計算量のオーダの問題から,LPSO構造の特徴をそのまま反映できるような比較的大きなサイズ(数~数十nm)に対して第一原理計算を陽に適用することは容易ではない.材料の分野で第一原理計算と言えば,狭義には電子状態計算を直接的に実施して,その知見に基づいて材料の種々の物性を評価する計算のことを意味するが,広義には経験的要素を用いずに材料の特性を記述する計算体系一般のことを指す.よって,使用される各種材料パラメータに電子状態計算などから非経験的に求めたものを用い,既知でない性質を予測するためのモデル解析を志向する場合は,広い意味で第一原理計算の範疇に含まれ得る.
本講演では,Mg基LPSO相における溶質原子の凝集・クラスタ化(短範囲規則化)ならびに溶質クラスタの面内規則配列化(中範囲規則化)の支配因子を明らかにすることを目的とした,第一原理計算を活用した構造予測モデリングの事例を紹介する.短範囲規則化の評価に関しては,密度汎関数法に基づく電子状態計算によりMg中の種々の溶質原子に対する相互作用を評価し,その情報を取り入れて有効多体原子間相互作用モデルを構築した上で,当該系における溶質濃化・クラスタ化の様態を原子論的モンテカルロ法により解析するアプローチについて概説する.また,中範囲規則化の評価に当っては,LPSO構造において結晶構造の一部として内在する積層欠陥領域を,組成および温度に依存してその内部のクラスタ配列が変化する2次元界面相(stacking-fault complexion)として捉える見方を提示する.その上で,積層欠陥内の種々の溶質クラスタ間相互作用を電子状態計算により定量評価し,粗視化粒子モデルに基づいて溶質クラスタの面内ドメイン化ならびに不規則-規則転移挙動を予測的に記述する試みについて述べる.
講演題目
最先端中性子回折法
LPSO結晶変形その場観察
講師
相澤一也
日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター
中性子は、電荷を持たないため電子線、放射光等の他の量子ビームプローブに比べて、物質への透過能が高いという特徴を有する。従って、種々の試料環境下でのバルク材の平均構造の評価に威力を発揮する。J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)では、国内唯一の大強度パルス中性子源が稼働している。MLFのBL19に設置された工学材料回折装置「匠」は、物質の内部ひずみ、変形応答等の評価に最適化されたパルス中性子回折装置であり、同種の装置と比較して大強度・高分解能を達成しており、2009年からユーザー実験を開始している。
本報告では、物体内部の動的変化に敏感なAE(アコースティックエミッション)測定を応力下その場中性子回折実験と組合せた測定法を紹介する。
応用例として、hcp Mgを母物質とするMg基シンクロ型LPSO相に関して、その強化機構として提案されているキンク変形に着目したAE同時測定応力下その場中性子回折法を18R LPSO単相一方向凝固Mg85Y6Zn9合金に適用した結果を報告する。また応力下で変形双晶が観察されるMg合金(商用AZ31合金)についての測定及びキンク変形が観察されるhcp Znについての結果も紹介し、キンク変形、双晶変形に関して議論する。
更新:2014/1/1