2015年春季 産学協働研究会設立シンポジウム 報告書
本気と本音で熱い議論が交わされた。東海大学湘南キャンパスで開催された第62回応用物理学会春季学術講演会二日目の2015年3月12日(木)午後、人材育成委員会主催による特別シンポジウム「日本のモノづくり再生に向けた産学官共鳴場の創成を目指して」が、全体で100名超の聴衆を集めて開催された。本シンポジウムは、昨年春の特別シンポジウム「産学連携の新パラダイム」から様々な課題とその解決への示唆を得て設立に至った、産学協働研究会の設立シンポジウムである。日本の産業に対する危機感を共有する産官学の講演者と聴衆により「産学連携とファンド」を中心にさまざまな課題、提案が議論された。なかには対立意見もあったが、全員が目的を共有して議論を交わし、終了後に心地よい疲労感を覚えるほどであった。
まず東京大学の保立和夫応物学会副会長より、産学連携よりもっと広く、産学が協力して働くという意味の産学協働研究会が設立され、応物本体としても非常に期待しているとのご挨拶を頂いた。次いで産学協働研究会の末光眞希副委員長(東北大学)より、研究会設立の経緯と構想について説明があった。特に研究会設立の原点が、応物学会における企業発表数の激減にあること、これはバブル崩壊以来、企業が長期的な視野に立つ研究を縮小したためだが、これにより応物学会の発表が大学など公的研究機関によるものが多数を占めるようになった結果、多くが産業や市場の指向性から乖離するものとなってしまい、企業からの学会参加者が更に減少するという悪循環に陥っていることに強い危機感をにじませた。これに向かう研究会のミッションは下記の二つである。一つは産学連携を一つの学問として議論する場を提供すること。失敗評価、技術評価(目利き)、ベンチャー…ファンドを中心に議論する本シンポジウムもこの一環である。二つ目は産学協働の場を具体的に提供すること。 産-学、産-官、大企業と中小企業、産-産(システムとデバイスなど)、など様々な出会いの場を創出し、分野横断的な人的ネットワークを形成したいと、今後の活動への抱負が語られた。
次に、京都大学の山口栄一氏から、文部科学省、財務省の講演者が見守るなか「日本のサイエンス・イノベーション・ファンド政策の根本的な誤り」という刺激的なタイトルのもと、日本が恐ろしい状況に陥っていると指摘された。日本の分野別の学術論文数を調べると、多くが横ばいのなか、物理学は2000年代初頭より一貫して減り続けている。詳しく見ると、まず大企業の論文数が減り次いで物理学の博士数が減り、それを追って物理学全体の論文数が減少している。企業の中央研究所の時代の終焉により学生達は物理の分野に将来性を見出せず、この結果、論文が減り、更に産業競争力が落ちるという恐ろしい状況である。この原因は、サイエンス型産業の担い手が、自前主義の大企業からオープンな「イノベーターのネットワーク」統合体に変容する波に乗れなかったためと分析される。山口氏の仮説では、この原因は「制度的要因」であり、この立証のためSBIR(Small Business Innovation Research)制度の日米比較が示された。SBIRは1983年に米国が始めた制度で、無名の若い科学者たちに「科学者になるな、イノベータ―になれ」と政府が資金提供するものである。日本は1999年にこれを真似て作ったが、実績のある中小企業に出すことにした。この政策について衝撃的な日米比較データが示された。米国ではSBIR取得企業の売上高増加量が10年間で約4億円となりSBIR非取得企業の4倍もある。SBIR制度の効果が立証されている。一方の日本。SBIR企業の売上高増加量は5年間でマイナス2億円で、非SBIR企業はマイナス1億円。すなわち、もらわない方がましであり、あえてつぶれそうな会社に救済策として注入しているとしか思えない。根底にあるのは、「若きイノベータ―を育てる」という思想の欠如である。
企業の中央研究所モデル終焉のあと、アメリカはSBIR政策で形成されたネットワークによってアメリカ合衆国中央研究所を形成することに成功したのである。日本は漂流し続けており半導体産業は壊滅状態。イノベーションモデルを形成できていない。最後に山口氏の提言は下記の二つである。①米国のSBIR政策の思想を理解して、科学者を企業家にすることを支援する制度を可及的速やかに実施すべき。②このためには科学行政官制度の発足が急務。この山口氏の講演に対し、両手を高く上げ一際大きな拍手を送っていたのは4番目の講演者である文科省の坂本修一氏であった。
次は財務省の片山健太郎氏から「国家財政と科学技術イノベーション」と題しての講演である。まず国家の財政赤字はGDPの2倍以上で極めて危機的という状況が家計に例えて示された。科学技術基本計画は5年おきに策定されるが、回を重ねるに連れ財政状況は悪くなる一方にも関わらず、科学技術振興費は平成元年度比で約3倍、社会保障関係費をも超える大きな伸びを示しており、対GDP比で3.7%である。原資は全て税金であり、その巨額の投資から何が生まれどう社会還元されているかについての国民(納税者)への説明責任を果たす必要性が強調された。研究者も研究費が血税や子や孫の世代から借金で捻出されていることを心する必要があろう。また、様々な制約のなか制度改善が不可避であり、ヒト、モノ、カネに関してそれぞれ改革していく決意が示された。
今回の片山氏の講演は、文科省坂本氏の推薦により実現した。坂本氏の講演時間を折半しての実現であった。応物関係者にとり、財務省の方の生の意見を聞けるだけでなく、学会、産業界の声を直接届ける貴重な機会を頂いた。両氏には心より感謝したい。
さて次の講演は、山口氏の講演に拍手喝采を送った文科省代表の坂本修一氏。坂本氏は京大の工学部から米国MITに留学ののち京大で博士を取得した理系官僚である。最初に、山口先生と問題意識は全く一緒と切り出したが、SBIR政策は大失敗という山口氏の意見に対し以下のように反論した。米国のようにベンチャーがどんどん成長する状況にならないのは、制度だけでなくその苗床となるべき大学にも問題が存在する。技術シーズを、産学ビジョンを持って育てようとするマネージメントが大学に根付いていない。また有名な大学でも優秀な人材が博士課程に行かないとの声が多くの大学関係者から聞かれるが、理由を考えると、文科省では博士号は全く評価されないし、また日本の博士の受け皿は産業界だが、企業が必要とする人材を大学で生み出せていないからではないか。米国では工学の博士課程学生を一人の独立したエンジニアとして徹底的に鍛えるが、日本は学問領域を継承するお弟子さんを育てる教育になっていないか。博士号が企業にとって使い物にならないと言われる原因となる構造的な問題を、なんとか改革したい。
坂本氏の、スライドが「産学官連携の問題意識について」という講演タイトルから全く動かないまま講演時間のほぼ全てを使っての迫力ある上記の主張に、聴衆も引き込まれ時間を忘れるほどであった。ようやくスライドを切り替えて講演は続く。複数の国にまたがる共著論文が世界的に増えているのに日本だけその流れから取り残されている。また産学連携の内容について、日本の場合は具体的な問題解決だが、米国では基礎研究の追求の方も産学が連携して行っている。これは山口氏が指摘する米国全土を中央研究所化したこと(オープンイノベーション)が米国ではどんどん進んでいることを示唆しているのだろう。そこで今、イノベーションエコシステムの形成を政策的に誘導しようとしている。これは、生態系のように様々なプレイヤーが相互に関与してイノベーションを創出することである。最後に、大学等には研究経営システムを抜本的に強化し、イノベーション・エコシステム形成において中核的役割を担うことが求められていると結んだ。
休憩をはさんで後半は、企業及び大学の研究現場をよく知るお二人から示唆に富んだ講演があった。一人目は、化合物半導体の研究およびビジネスに携わり日米双方の業界に詳しい日立金属の乙木洋平氏から「半導体産業ビジネス現場から見た産学連携への一考察―高周波用化合物半導体デバイスにおける日米比較から学ぶー」と題しての講演であった。最初に、高周波用GaAsデバイスは、以前は産学協働による開発で日本が席巻していた分野だが、現在はシェアの大半がアメリカ、次いで台湾、日本は10%未満という危機的状況が示された。日米逆転の理由として、米国は儲かるために必要な技術へ注力していたこと。そこで重要なのはgood enough!の追究である(誰も携帯を100年使わない)。また米国では国家プロジェクトが最初からローコストを意識している。一方、日本は最終ユーザをみすえた技術戦略が弱く、高性能化にばかり注力した。産業の肝は何か。それを研究してから適切なチームを作るべきである。
また日米の大学の違いとして、米国では、大学側は学会発表はしなくていいから企業が悩んでいることを考え解決する共同研究が浸透しているが、対する日本では、最後は学会発表する前提で大学は動くため、企業はいっしょにやりにくいとのことであった。考えさせられる話である。最後に、将来への投資として夢を持った若者を作るため、シリコンバレーに日本の学生を1週間送り込む九州大学の取り組みが紹介された。教育に現地企業人がボランティアで協力してくれる。日本の学生たちは、ほとんどが最初から何らかの志を持って参加するので、1週間で劇的に変わるとのこと。日本の若者にも希望が感じられた。
最後の講演は、東芝でフラッシュメモリの研究開発から量産まで携わったのち東北大学教授に転じ、現在東北大国際集積エレクトロニクス研究開発センターにおいてセンター長を務める遠藤哲郎氏から、「集積エレクトロニクス領域における産学連携拠点の現状とチャレンジ」と題しての講演であった。まず企業の研究について、国内の半導体企業の中で比較的東芝が元気なのは、一番早く自前主義を諦めたからとのこと。事業の最初からアプリ側と提携したことが奏功した。このためには技術を持っていることが前提となる。
次に大学の研究について。集積回路について、より安くより早くより低消費電力のため、ただ微細化すればよかったのは昔の話である。最近は、微細化するとかえって消費電力が上がるので、顧客はそれを求めていない。また、携帯電話向けは2~3年もてばいい、車は命をかけるもの、というように、アプリケーションごとに信頼性など要件が異なる上に、様々な技術が複雑に絡み合ってきているため、1研究室でできることが限られてきている。当センターは10以上の研究室で連携している。集積回路の分野は、ハードとソフト、サイエンスと技術、産と学、マテリアルとシステムなど様々なインテグレーションが必要となる。センターの開所から2年がたって、ICのチップ開発の川上の材料から川下のシステムまで 産学連携している。産業への技術の提供と、人材育成の二つをやってきている。
産学連携がうまく行くためには下記の三つが必要となる。①コア技術。②ハード面:企業と互換性のある研究環境が重要。大学は自身がコア技術を持つ部分だけに集中し、他は企業に任せる。③知財などソフト面。センターではグローバルスタンダードの契約・運営を行っている。上記の三つが揃った結果、大変多くの企業が当センターと連携している。日本の産学連携にも希望を感じさせる講演であった。
シンポジウムの最後に、講演者全員が登壇してパネルディスカッションが行われた。議事録を作成しない条件での討論だったため内容は記載しないが、聴衆も含めて最後まで本気と本音の議論が交わされた。
今回、京大の山口氏と文科省の坂本氏の両氏から図らずも同時に、米国全土で進む中央研究所化について語られ、中央研究所モデル終焉後の日本の漂流との鮮明な対比が示された。日本に欠けている大学における研究のマネージメントや、科学行政官、プロジェクトマネージャーの育成といった新たな課題についての議論は、今回だけで尽くされたとは到底言えない。こういった議論の場の必要性を改めて認識させられると同時に、東北大遠藤氏の例に見るように、豊富な人材と技術を擁する応物学会の潜在力をもってすれば、やり方次第で大きな発展につなげられる可能性も示されたと思う。
産学協働研究会は端緒に就いたばかりである。今後、どのような活動を行い応物学会ひいては産業界の発展につなげられるかは、私達全ての危機感と気概、決意にかかっている。
産学協働研究会では会員を募集しています。会費無料で応物学会員でなくても会員になれます。
堂免 恵 (湧志創造)