2016年春季 特別シンポジウム 報告書
産学協働シンポジウム-未来創生に向けて-
東京工業大学大岡山キャンパスで開催された応物春季講演会初日の2016年3月19日(土)午後、産学協働研究会による特別シンポジウム「産学協働シンポジウム‐未来創生に向けて-」が、200名近い聴衆を集めて開催された。
応物学会を基盤とする産業界は近年様々なパラダイムシフトに直面しているが、この一つが、産業が技術主導ではなくコンセプトやアイデア主導となったことであり、これは企業が学会に参加しない一因ともなっている。そこで本シンポジウムは、産業の将来ビジョンを示し、コンセプト・アイデアと技術をつなぐ取り組みを行うことを目的として開催された。産官学の講演者と聴衆により、日本の産業の未来へ向けて様々なビジョンが提案され議論され、共有された。講演後のパネルディスカッションでは、この将来ビジョンの実現のために不可欠な実効的産学連携が、講演者と聴衆を巻き込み予定時間を大きく超過して議論された。
まず産学協働研究会の末光眞希副委員長(東北大学)より、研究会設立の経緯と研究会の二つのミッション(産学連携を一つの学問として議論する場の提供、産学協働の実働のための場の提供)についてと、本シンポジウムの開催目的について説明があり、続く講演への期待が高まった。
次に、東京工科大学の澤谷由里子氏から、「変革の時代:技術者はデザイン力を持て」という魅力的なタイトルのもと、「何を作るか」ではなく「どんなサービスを提供するか」を追求する「デザイン力」についての説明がなされ、技術の中心は技術者であること、だからこそ技術者がデザイン力を持たねばならないことが力説された。現在、経済のサービス化、すなわちgoods-dominant logic からservice-dominant logicへパラダイムシフトが起きている。企業は顧客とともに価値を作るため、顧客は必須の資産となる。エンジニアはgoods-dominantに陥りがちだが、これからは個人に寄り添う共感力と発想力を併せ持ち、提供価値を拡大させるデザイン力を持たなければならない。この事実について日本ではまだ認知が低い。技術のサプライヤがデザインの場を設計し、自らユーザとなりながら新しいコンセプト、世界観を作っていくことが求められていると結んだ。技術ばかりを指向しがちなエンジニアにとって新鮮な講演であった。
続いて東京大学の暦本純一氏により「人間+機械の未来」と題して、IoTの次のIoA(Internet of Ability)についてのご講演が行われた。科学技術が進んだいま、機械的なレクチャーでは教授もロボットに取って替わられると会場の笑いを誘ったあと、人間を不幸にする科学ではなく幸せにする科学を目指すこと、そのためのIoAとの説明がなされた。人間とコンピュータのチームが実際にコンピュータより強いことを考えれば、機械と人間の相互作用によって人間の知的能力を高めたり、新しい能力を獲得したりできる。ドローンを人間につなぎ自らを遠隔から撮影することで得られる「体外離脱」、他人に入る「ジャックイン」、笑顔認識ができるデバイスを組み込むことで得られる生活の改善、などの例を豊富な映像で見せ、聴衆を魅了した。最後に、技術は便利を追求しがちだが、ロボットが全部やってくれる世界は幸せかと聴衆に問いかけ、人間には充実感が必要だから不便にも価値があること、機械で人間を置き換えるのではなく、機械で人間の能力を拡張していきたい、それがIoAと結んだ。エキサイティングな講演であった。
次にアドヴィックス株式会社の小木曽聡氏からは、「トヨタの環境チャレンジ」と題して1990年代の過去から2030年の未来へ渡るトヨタの取り組みが示された。1993年頃に、2030年までのシナリオについて様々な技術を網羅的に考え抜いた。その当時作成した「HVが先行しEVや水素が追いかける」というシナリオが20年後の今、ほぼ正確に達成できている。当時としては難易度が非常に高く苦しんだが、志を高く持ち97年末に初代プリウスを発売できた。2代目はユーザの声を浴びるように聴いて作成した企画が上層部に理解されず苦労したが、前例が無いなどの反対を乗り越えて発売した結果は大ヒットであった。現在、累計600万台だがマーケットはすぐには立ち上がらないことに留意すべきである。水素は、水しか排出しない、充填が速い、貯蔵や運搬に好適などの特徴を持ち、自動車以外にも使える。1992年から開発を始め2014年末にMIRAIとして発表した。今後は使いやすい電気と貯めやすい水素を両輪で使っていく。最後に、中長期計画で必要なものはトップマネジメントを含めてやるべきであること、また、未来の技術はエンジニアにしかわからないため、ユーザからインスピレーションをもらってエンジニアが技術を組み合わせるという、プロダクトアウトとマーケットインの両方が必要であること、大きい企業になればなるほどリサーチとエンジニアの部門間の壁を壊す必要があることを力説した。終始圧倒される講演であり、電機業界には重い教訓であった。
休憩をはさんで、文部科学省の坂本修一氏は、「今求められる大学発イノベーション」と題して、大学の従来の機能である教育と研究の機能に加えて新たに加わった第三の機能:社会に成果・価値をもたらす機能の重要性と、その実現のための方策について力強く語った。先端科学技術、先端人文社会科学の最新の知識をもって、ビジネス、技術のシナリオを先取りして社会の価値に結びつけていく必要がある。また、そのための新しい教育が要求されている。産業界は自前主義からの脱却を宣言しているので、オープンイノベーションの相手としての大学は非常に重要である。米国では、インパクトの大きい研究を生み出すために、基礎研究の段階から産業が大学に踏み込んでいる。実は米国では90年代に基礎研究が厳しい批判にさらされたため、研究価値発現の方法論にアカデミアが真剣に取り組んだ。この結果、基礎研究からの産学連携が進んだ経緯がある。日本でも同じ取り組みが要求されている。最後に、これからは実践が重要であると結ばれた。
続いて財務省の片山健太郎氏から「 国家財政と科学技術イノベーション」と題し、国家財政の危機的状況が示された。今の国家財政を一家族に例えると、世帯収入が30万円にも関わらず毎月53万円支出しており、借金は5000万円ということになる。これまで科学技術予算は社会保障費と同程度に優先されており、平成元年から比べると3倍になっている。しかしこれからは予算の量は増えないので、二つの対策が必要となる:一つ目は民間資金の導入、二つ目は予算の質の向上である。日本の研究費は実は民間部門と合わせると他国より多い。しかし企業部門の研究費が大学に流れないことが問題である。企業から大学へ行く研究費はドイツでは14%だが日本では2%しかない。これを増やしたうえで、購入した研究設備の共有などにより予算の質を向上し、論文の質をあげていく必要がある。科学技術立国のため、財務省も研究者に非常に期待していると結ばれた。
最後に、SKグローバルアドバイザーズの神永晉氏から「IoT世界におけるトリリオン・センサとMEMS ~日本の取り組むべき課題~」と題して、MEMSの歴史からトリリオンセンサネットワークという新しい概念までの幅広い講演が行われた。MEMS (Micro Electro Mechanical Systems)とは、半導体生産にて確立された微細加工技術の発展使用により、LSIではない三次元機械構造物のデバイスである。既に車載デバイスとして加速度センサ・ジャイロや、スマートフォン・Wiiコントローラでの加速度センサ、インクジェットノズルなど、産業の幅広い分野にて大量に使用されている。
このセンサ利用の新たな次元を目指すのがトリリオンセンサーイニシアチブであり、2013年に米国でスタートし、10年後にあらゆるセンサーがネットワークに接続されることを提唱した。すなわち今後は、センサーを製造販売するのではなく、センサーによって得られる情報をネットワーク化して利用したビジネスを作る方向に産業は向かう。センサーそのものではなく、それがもたらす情報に大きな価値がある。したがって、要素技術に注力するのでなく、それを用いて何を作りどのようなビジネスモデルを作るかが重要である。このトリリオンセンサネットワークの例として、老朽インフラのモニタリングなど様々な利用例が紹介された。最後に、MEMS発展の歴史は技術の融合の賜物であり、今後も産学官連携による異分野交流や、プロセス/デバイス/システム/ユーザの連携と、技術開発と技術経営の両輪が必要と結ばれた。
最後に、講演者全員をパネリストに迎えてのパネルディスカッションが行われ、「未来創生に向けての環境作り」のテーマのもと、主に産学連携について聴衆も交えて活発な議論が交わされた。議事録を作成しない条件での討論だったため内容は記載しないが、産学官が集まったなか、未来創生に向けた研究を推進できる環境について様々な異見が飛び交い、時間を延長して本気と本音の議論が交わされた。
今回、最初の澤谷氏による「技術者はデザイン力を持て」との呼びかけに対し、図らずも呼応した講演が多く、製造業が単なる製品製造からサービス業へ変革する時代が来ていることを実感した。小木曽氏はエンジニアが先を見て行くのはデザインであると述べ、神永氏は日本は既に最高の要素技術を持っているがそれだけではビジネスにならないこと、これを用いたアーキテクチャを組み上げるところまで踏み込んだらこれほど強いものはないと力説した。技術とコンセプト・アイデアをつなぐことを目的として開催された本シンポジウムで得られた結論は、技術者自らがコンセプト・アイデア・サービスを創り出すデザイン力を持つ必要があるということであった。この意味するところは、必ずしも技術者全員がデザイン力を持つ必要はないが、秀でたデザイン力を持つ技術者を活かす努力、すなわち多様性を活かす努力がこれまでにもまして必要ということであろう。
応物学会員にとって心強かったのは、澤谷氏は技術の中心は技術者であると、暦本氏はテクノロジーを作る研究者に未来への責任があると、小木曽氏は未来を描くのは技術者であると、神永氏はトリリオンセンサーネットワークの中心はやはりセンサー技術であると、それぞれ強調されたことであった。技術者、研究者も変わって行かなくてはならないが、未来創生を中心となって担うのはやはり技術者、研究者である。これを改めて認識し新たな意欲を共有できたシンポジウムであった。
堂免 恵 (産学協働研究会委員長、湧志創造)