応用物理学会シンポジウム 固体量子ビット・スピン欠陥を用いた量子科学技術研究の最前線
概要
ダイヤモンド、超伝導物質、シリコン(Si)、炭化ケイ素(SiC)、六方晶窒化ホウ
素(h-BN)という多様な固体材料中の量子ビットの基礎物性や、その評価手法を知る
絶好の場をご用意いたしました。
今話題の固体材料中の量子ビットに興味のある方、
必見です。
2023年3月17日(金)13:25-17:40 (上智大学 A302 ( 6号館 )+オンライン)
プログラム
13:25 水落憲和 (京都大) 開会のあいさつ
13:30 宮本良之 (AIST) 「ダイヤモンド中カラーセンターへの第一原理計算によるアプローチ」
14:00 岩ア孝之 (東工大) 「IV族元素を用いたダイヤモンド量子光源」
14:30 休憩
14:50 阿部英介 (RIKEN) 「超伝導量子ビットの集積化とコヒーレンス」
15:20 米田淳 (東工大) 「シリコン中のスピン量子ビットの量子コヒーレンス」
15:50 休憩
16:10 大島武 (QST) 「炭化ケイ素中のスピン欠陥形成と特性評価」
16:40 森岡直也 (京都大) 「炭化ケイ素中のシリコン空孔量子光源」
17:10 山崎雄一 (QST) 「六方晶窒化ホウ素中のスピン欠陥の光検出磁気共鳴評価」
17:40 閉会
開催報告
酒井先生によるクロージングの様子
【概要】
2022年春季のシンポジウム「ダイヤモンドNVセンタを用いた固体量子センサの最近の研究」では,基礎研究から社会実装まで多彩な展開を見せているダイヤモンドNV量子欠陥に焦点をあてて最新の研究状況を俯瞰した.量子欠陥を有する固体量子材料としては,ダイヤモンド以外にも,シリコン(Si),炭化ケイ素(SiC),晶窒化ホウ素(h-BN)等が知られ,近年,それぞれに研究が進展しつつある.そこで,本シンポジウムではダイヤモンド,SiC,h-BN,Siの量子欠陥形成,量子物性,応用に着目し,それぞれの分野で第一線で活躍中の研究者を招いて,その研究背景から最新動向までを講演頂いた.異なる材料分野間での議論により,各材料における基礎的な知見を共有するとともに,それぞれの特徴や課題が浮かび上がり,固体量子ビット研究の現状を俯瞰する貴重な機会となった.
【オープニング】
・主旨説明(水落 憲和・京大/固体量子センサ研究会委員長)
これまで固体量子センサ研究会でNVセンタを中心にシンポジウム・研究会を企画してきたが,本シンポジウムでは固体中の欠陥による量子キュービットに着目し,様々な材料系に広げることで,相互理解と共通の課題に対する議論が深まることを期待している.
【講演】
(1) ダイヤモンド中カラーセンターへの第一原理計算によるアプローチ(宮本 良之・産総研)
一般的な第一原理計算では難しい半導体中の欠陥の励起・緩和過程における発光特性の有無などを判定するには,電子のダイナミクスを扱う手法が必要となるとして,時間依存密度汎関数理論により電子と格子のダイナミクスを同時に扱う方法をベンゼン等の計算例により丁寧に紹介いただいた.さらにこの手法により,ダイヤモンド中の欠陥における光励起後のダイナミクスの取り扱について紹介いただくとともに,本シンポジウムで着目したW族-空孔センタの発光特性についても説明いただいた.
(2) IV族元素を用いたダイヤモンド量子光源(岩ア 孝之・東工大)
量子ネットワークの構成に求められる量子光源の候補として,ダイヤモンド中のW族-空孔センタはその高い構造対称性に起因する優れた光学特性を有するとして,その特徴・開発動向を紹介いただくとともに,高い温度で長スピンコヒーレンス時間が期待できる重いSnやPb元素による量子光源形成について,最新の成果を交えて説明いただいた.特に,複数のSn-空孔(SnV)センタからの同質なフォトン生成及びPb-空孔(PbV)センタにおける共鳴励起計測の成功について紹介いただいた.質疑応答では,Si-Vとの比較やナノフォトニクスへの適用性など活発な議論がなされた.
(3) 超伝導量子ビットの集積化とコヒーレンス(阿部 英介・理研)
超伝導量子ビットの集積化に関して,理化学研究所における量子コンピュータ開発の現況とともに,超伝導量子ビットのデコヒーレンスについて,20年以上にわたる研究による改善の歴史と最前線を紹介いただいた.量子ドットや本シンポジウムの主対象である固体中欠陥等のスピン量子ビットと比較して,超伝導量子ビットでは緩和時間T1,T2の短さがネックとなってきたとして,そのデコヒーレンスを引き起こす要因となる材料・プロセス・構造の改善の取り組みを分かり易く説明いただいた.集積化の進展に伴って判ってきた宇宙線によるビット間相関性のあるエラーやその対策,その中での材料科学側からのアプローチの重要性が述べられた.
(4) シリコン中のスピン量子ビットの量子コヒーレンス(米田 淳・東工大)
半導体スピン量子ビットはクリーンな固体量子系であり,将来的な大規模集積化が期待されている.講演ではコヒーレンスに着目し,主要なデコヒーレンス源である核スピン雑音と電荷雑音の解析とその低減に関する研究動向を紹介いただいた.磁気的な雑音は同位体制御により改善が図られ,電子スピン-各スピンの量子ハイブリッド系への展開可能性が着目される.電荷雑音の場合,スピン交換相互作用との交差雑音相関に着目することにより,雑音スペクトル仮定せずに雑音源を特定できる最新の研究進展を紹介いただいた.
(5) 炭化ケイ素中のスピン欠陥形成と特性評価(大島 武・量研)
炭化ケイ素(SiC)はパワーデバイスへの応用が進みつつあり,大面積材料が得られている点などで量子ビットや量子センサの母材として優位性があるとして,Si空孔(VSi)の形成方法とセンサ応用に向けた研究の進展について紹介いただいた.QSTが持つ粒子線描画技術により,SiCデバイス中の狙った箇所にVSiを形成し,その局所温度の計測に成功するとともに,さらに,温度感度を大幅に向上させうる新しい測定手法(基底・励起準位同時共鳴法)を提案した.
(6) 炭化ケイ素中のシリコン空孔量子光源(森岡 直也・京大)
4H-SiC中のSi空孔(VSi)がゼロフォノン線の光学遷移が安定していて,光学遷移線幅がフーリエ限界に近く長時間安定していることなどから,量子光源として期待される.このVSi量子光源の光・スピン・電気的な特性の基礎を丁寧に説明いただき,量子もつれ生成に向けて重要な識別不可能な単一光子発光の生成,スピン操作に伴う光子状態制御の実証,SiC量子光源の課題である発光強度のナノ構造による増強・安定化など最近の研究成果について紹介いただいた.さらに,電荷とスピンの電気的な検出に関する取り組みについても触れていただき,質疑応答では,材料間の比較を含め活発な議論がなされた.
(7) 六方晶窒化ホウ素中のスピン欠陥の光検出磁気共鳴評価(山崎 雄一・量研)
六方晶窒化ホウ素(h-BN)は,ダイヤモンド,SiC以外で唯一知られている常温で動作するスピン欠陥ホスト材料であり,二次元物質であることから,究極まで対象に近づけることが可能でありセンサとして高感度化が期待できる.最近磁場や温度圧力のセンシングも実証されてきている.講演では,代表的なボロン空孔(VB)におけるこれまでの研究を説明いただき,QSTにおける高温イオン照射による欠陥形成の研究状況を紹介いただいた.質疑応答では,金積層によるプラズモン効果による発光増強効果などについて,議論が交わされた.
【クロージング】
・世話人挨拶(酒井 忠司・東工大/固体量子センサ研究会幹事)
本シンポジウムは,2020年4月設立の固体量子センサ研究会による3回目の企画シンポジウムとなる.その間,会員数も増えて現在200名を超えた.中でも企業会員は60名を超え,産業界の関心も高まってきた.応物講演会での関連講演数も,今回は34件を数え,充実してきている.これらを受け,次回講演会では新設される研究会セッションへの参加を検討中である.引き続き多数の参加・投稿をお願いするとともに,本日の講演者に感謝して閉会とする.
以上